Book2008_06

080611.jpgトルーマン・カポーティ
「叶えられた祈り」

自負と恍惚でオブラートされた不安

トルーマン・カポーティの遺作「叶えられた祈り」を"取り敢えず"読破したわ。でも、この作品を読んでいた時のピポ子の心の状態が最悪だったせいか、カポーティをどう受け止めたらいいか分からなかったの。半ば攻撃的に読んでしまった・・・そんな気がするわ。

以前このブログで紹介した大作「冷血」を書き終えた後、カポーティは未完のこの作品を残し急逝したのだけど、発表当時かなりのバッシングがあったそうよ。それもそのはず、彼は作品中で自分の上流階級の"友人たち"のプライベートを面白おかしく書立ててしまったからなの。

P・B・ジョーンズという名の美しい小説家志望の少年が、己の体と話術を駆使して、上流社会という名の偽りで彩られた世界に身を置くというストーリーなのだけど、言うまでもなくジョーンズはトルーマン自身よ。華やかで美しい人達に囲まれ、その光の恩恵を受けながらも自ら光り輝く事の出来ないジレンマ・・・そのあまりにも身勝手で自己中心的な文章からは、汚れ切ってしまった彼の心の奥底に沈む悲しみが見え隠れしている気がする。

冒頭で「叶えられなかった祈りより、叶えられた祈りの上により多くの涙が流される」という聖テレサの言葉が引用されているのだけど、「叶えられなかったことは空想の中で楽しめるが、叶えられた事で悲しく辛い思いをする事は多い」とピポ子は解釈したの。

P・Bことカポーティは小説家として成功したものの、傑作を生み出さなくてはというプレッシャーや、友人達の信頼の喪失、己の在り方に常に苦しんでいたのではないかしら・・・。ここまで自分を赤裸々に、いや剥き出しにして血だらけにしたカポーティ・・・あなた自身が本当に素晴らしい作品であった事は間違いないわ。もうこれ以上傷つく事なく、ゆっくり休んで下さいね。もう少し時間をかけて、あなたの天の邪鬼な気質を受け止められるようになったら再度チャレンジさせてもらいます!

080623.jpg池田理代子
「ウェディングドレス」

青春で得たキャリア

敬愛する池田理代子先生の後期の作品「ウェディングドレス」、ピポ子がヤングガールの時この作品を読んでもピン!と来なかったけど、今はかなりドン!とくるものを感じるわ。

結婚に対する願望、絶望、自立、友情・・・女性誰もが抱える問題が、見事なくらい女性の視点で深く描かれていて、「うんうん、あるある」と要所要所で納得させられてしまうの。池田先生もこんな事を感じながら日々仕事に追われていたのかしら・・・なんて想像してしまう。

ストーリーも実にお見事!

高級洋装店のチーフである中年女性、徳子は同店に勤める6つ年下のお針子の美也子と同居していたの。やがて彼女は兄と同居する事になり徳子のアパートを出る事に。寂しくなった徳子は美也子の兄に文句でも言おうと新居を訪れるけど、とても純粋でシャイな兄に毒気を抜かれてしまう。そのうち美也子が結婚し、ますます孤独感にさいなまれた徳子は兄に親しみを覚え、やがてその思いは恋心に変わっていったわ。

だけど、兄は彼女に残酷な願いを申し込むの・・・「自分のフィアンセにウェディングドレスを作って欲しい」と。ショックを受けた徳子は、婚約者のドレスに細工をして恥をかかせようと企むけど気持ちは晴れない。そんな時、職場のボスから緊急の仕事の連絡が入るの。

「あなたのキャリアは何にもかえ難い、あなたの腕は黙って信頼出来る」そのボスの言葉に、嫉妬心からおかした愚行が己のキャリアを踏みにじる行為なのだと気付き、徳子はフィアンセの家へドレスを直しに行く事に。自分の青春全てを仕事に捧げてきた誇りと、女性としての幸せを得られない寂しさ・・・そんな徳子の生身の人間臭さが身につまされるようであり、可愛らしく思えるわ。

彼女が部屋で独りミシンだけ踏んで、男性から愛を語られた事もない青春時代を呪い「みじめったらしいつまんない人生・・・何であたしがこんな事しなきゃいけないの?ばかばかしい30年・・・ばかばかしい青春!!」と泣き叫ぶシーンは心臓をえぐられるような共感を覚えてしまった。

仕事をやれる事は幸せだけど、年を経て行くにつれ別の不安が募るわ。女性の幸せの象徴であるウェディングドレス・・・それをいつ身に付けるかは自分次第。仕事か結婚か、さぁどちらの道を選ぶ?

080630.jpg三島由紀夫
「永すぎた春」

春は其所此処に・・・

疲れ気味の時、心を爽やかにさせる読み物を求めてしまう。

今日のお茶の友は、三島由紀夫の「永すぎた春」三島作品の中でもサラリとしつつ程良く読みごたえのある作品なの。

毎度の事ながら人物描写が素晴らしく、行を追う毎に映像が見えてくるわ。今回のお話はタイトルからわかるように、これから結婚をする若い2人が主人公なのよ。美しくて賢い古本屋の娘、百子と、口うるさい母を持つ裕福な家庭の法学部の学生、郁雄は家柄の違いを乗越えて結婚する日を指折り数えてたの。

結婚するまでは清い関係を保とうとする彼らの前に、悩ましい年上の女性やプレーボーイの青年が現れ試練を与えるの。その上百子の兄が婚約した女性の母親は実に意地汚ないし、郁雄の母も様々な場面で口を出してくるから大騒ぎ。ちょっぴり"渡る世間・・・"風味が入っているような気もするけど、最終的に若い2人は結ばれるのか・・・!?というお話なの。

世間知らずの2人が結婚までの期間を楽しんでいる時、それをからかいたがる人間は世の中には少なくない。ちょっとした欲の隙間に気の利いたお酒が流し込まれたとでもいうのかしら・・・酔っぱらってしまうのは当然よ。郁雄が酔ってしまったのは、百子とは全く正反対のタイプの女性で感性が鋭く、彼女の部屋は"郁雄が存在する事で完成される絵の具の乾かない絵"と表現されてるわ。

郁雄自身もその空間で"自分が愛玩される花瓶か何かに変貌してゆく無気力な快感"を味わったというからお見事!妖艶な女性に翻弄される若い青年の心の描写がこの比喩からバッチリ読み取れるもの。そして勉強に集中してなかなか会えない婚約者の事を思い、気分を紛らわそうと仕事をする百子が「あの人は勉強、私は仕事。これで釣り合いが取れる。でもこんな対抗意識が強くて良い奥さんになれるだろうか」と思う場面では、彼女の芯の強さを垣間見る事が出来て良い奥さんになるなと思う反面、怖いな〜と思ってしまったりする。

でも現代のように携帯もメールも無い分、相手を信じ思いやる訳だから精神的にかなり自立しているのかもね。「あーん、メール来ないよ。」なんて愚痴ってるアナタ、大人のバイブルとして先ずはこの本をお試しあれ!少しは余裕が出てくるかもよ。ピピピ・・・。

Book Review

2008 6
トルーマン・カポーティ / 叶えられた祈り
池田理代子 / ウェディングドレス
三島由紀夫 /永すぎた春

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